カテゴリー: notes

■notes079 云い換えると、見える。

共、お昼を食べながらの大きな気づき。

よく「人が財産」といいますが、
それを「人が資本」と捕らえると
ガラリと自分の中でコンセプトが変わりました。資本だから、より効率的に回そうと考える。利益率の高いところに人を張る発想へ。資本だから、増やしたい。人財を再生産する仕組みを考える。それは自前でも好いし、人に頼むもありかも知れない。

ただ、タンス貯金はないのは分かる。資本だから、減らさないようにしたい。せっかく育った人財が、流出しないようにどうするべきか。云い換えただけで
何を考えればいいのか、自分への問いが溢れてきました。あくまでも自分にとって、ですが
財産だと静的なイメージだったのが資本と云った瞬間に動的になったのでした。云い換えって大事ですね。と改めて。 

■notes078 コンテンツのある人、ない人・・?

先日、「自宅近辺駅呑み」を某社の方としていて気づきのキッカケを戴きました。

それは
「世の中には コンテンツがある人 と ない人」がいる説。

なるほど・・・。
パーティで壁の花になってしまったりするのは
自分が相手(特に初対面の方)へgiveする何か、すなわちコンテンツ、がない自覚があるからだと思うのです。「じゃあ、つくればいいじゃない」というのは結構高いハードルでそりゃ「持てる人の発言」なんですよね。

かとうも本を書くという体験をするまで
まったく同じような、コンテンツのない人感をヒシヒシ感じていました。

で翌日この話を仕事仲間Wさんとしていたら
「自分にコンテンツがなくても、その場にコンテンツを引き出せればいいよね」
とさらに展開。なるほど、「聞き出す」ことができればコンテンツ流通に寄与することが出来るしそれもまたひとつの「コンテンツ」なんだなと。

そういえば、先日お話を伺った藤原和博さんの「自分プレゼン術」でも
「Q&A型」で、相手に質問をぶつけて共通項を探していく方法を教えてもらいました。どんな技でも習得のための訓練は必要でしょうがコンテンツを身に付けるよりも、質問の基本テクを自家薬籠中のものにするほうがどうも簡単かも。

ということで
「コンテンツのある人、ない自覚があるけど他人から聞き出せる人」
になれればいいんではないでしょうか、と思った次第。
しかし・・「質問の術」ってそれほど定型化されてないんですよね。Wさん、早くその術を本か何かにして「コンテンツ化」してください・・! 

■notes077 考具「電話会議」その2

「考具」電話会議、その2です。

その1では主に情報共有のために使う話でした。その2は、「ブレーンストーミング」的な使い方。いわゆるアイデア出しを電話会議でやってみよう、ということです。基本形は同じで
1)参加者を最初にハッキリさせ
2)事前にやってきた「宿題紙」を見ながら話す相手がどこにいるかにも拠りますが、Faxやメールで宿題を送り、人数分コピーなどをするための時間が必要です。前準備は欠かせません。

そして話の中で出てきたアイデアやヒントを誰かがシッカと書き留めておくこと。場に出たまま終わってしまうのが一番危険。もったいないですね。もちろんそのセッションだけでよきアイデアが出ればOKですし、出なければ二度三度と続くのは同じです。場合によっては「次回はドコドコに集まって」となることもあるでしょう。

電話会議で行うブレーンストーミング(ブレスト電話会議)にはいくつか課題があります。まずは「声だけ」ということ。
ホワイトボードや、机の上に紙を拡げて書き込みながら・・といったその場で出てきた、だからこそ大事にしたいアイデアや意見を全員の視覚で共有することが非常に六つかしい。これが最大の悩み。テレビ会議システムを使っている場合はホワイトボードに書いてクローズアップして見ることも不可能ではありませんが、ウイーン、ギュギュギュ・・とシステム付属のカメラを動かしてズームして・・・になります。そもそも電話会議ではできません。

だから大事になってくるのが「議事録メモ」。主には若者の仕事になるでしょうが、徹底的に議論をメモって、紙にして終了後出来る限り早く(もちろんその日のうちに)全員に送ること。ポイントは筆記者である自分の意見をマゼコゼにせず、虚心坦懐に議事録マシーンに徹することです。これ結構大変。人間の、しかも盛り上がってきて話すことばのスピードは猛烈に速いからです。すぐに手が痛くなります。しかしあるとないとではこれが大違い。ぜひトライしてみてください。

ふたつ目の課題は、メンバーを選びがちになる、ということ。
顔が見えない中でのアイデアのやり取りは、なかなかに緊張するものです。ゆえに気心の知れた、少なくとも一度はあったことのある間柄で行うのがスムース。初対面でいきなり電話で丁々発止・・・にすんなり入っていける人、またそれを受け入れられる人たちは、本当にコミュニケーション能力が高い方々でしょう。

反対に、よくよく知ったメンバー同士であれば、電話だけでも、云っていることのニュアンスを含めて分かるので、実はそれほど苦痛になったりしないことも事実です。もちろん話し合っただけでは意味がなくて、議事録あるいは、まとめとしての企画書などは誰かが作業するべきですよ。

などなど課題もありますが、アイデアをアレコレと考える段階を踏まないで仕上げた企画が迫力を欠くのは間違いありません。どうしても時間が取れない時、あるいはわざわざ集まるまでもないけれど、なにかヒントがが欲しい時。電話会議でのブレーンストーミング/アイデア会議にもチャレンジしてみてはどうでしょう? 「うん、その件は昨晩電話でブレストしたよ。ああ、アメリカとね」なんてカッコいいスね。 

■notes076 考具「電話会議」その1

久しぶりに「考具」を追加してみます。

電話会議、やったことありますか? かとうは仕事上多用するチャンスがあり、爾来割に活用しています。大人数の場合は専用の器械をつかって、もありますが大抵は携帯電話で十分ですね。

「通話」ボタンの長押しなどで
いわゆるスピーカーホンの状態にできればこちらで数名、あちらに数名のレベルなら問題ありません。

最近ではパソコン同士でもネット経由でも出来るようになりました。

こちらはコスト的にもお得な感じですね。電話会議、ちょっとギクシャクする印象がありますが、すぐ慣れます。だってアメリカなどでは普通にやっていることですもの。二ホンだってできます。

電話会議をやるにはルールが2つあります。一つ目は「誰が参加しているのか」を相互に報告し合うこと。内緒に盗み聞きしている・・のはナシですね。二つ目は「資料を事前に用意しておくこと」。声だけの会議になりますので、共有度を高めるためにも紙はあった方がよいです。考具としての電話会議、使い方その1は情報共有のためのツールとして。毎月とか毎週の数字確認系だったりの会議は、集まったとしても書類に目をやりっぱなしだったりしますから、必ずしも集まる必要がありません。忙しい月曜日、わざわざ往復1時間かけて・・
なんてことがあるのなら、試してみる価値があると思います。ちなみにトップが活を入れる、など別のコミュニケーションが準備されている場合は
まったく違う話になります。これは物理的に集まることに意味があるからです。 

■notes075「手書き」対「コンテンツ」

万年筆を愛用していると、手書きのお手紙、お葉書を書きたくなります。

かとうの場合は、あまりに乱字乱筆なので、かえって読めない、意味がない、という説もありますが・・・。実際、一筆添えられたものをいただくと嬉しいものです。

だからといって、
手書き万能論になってしまうのはどうかしら、と一昨日思いました。極論ですが、優れた小説は印刷されていても価値がある。手書きである必要はありません。要は内容、コンテンツ。考え抜かれたコンテンツには、人を引きつける力があるわけですね。じゃあ、例えば年賀状ならどうでしょう? 面倒だなあ、と「アリモノ」で済ましているなら、コンテンツ度は低い。だから「手書き」という追加技を加えて、価値を出しているのではないか。手書きゆえに相手に合わせてカスタマイズできるのは確かですが印刷だけで、ジンと感じていただけるような「コンテンツ付年賀状」なら手書きに勝てるかも知れませんね。 

■notes074 今月の「七色いんこ」(2007年1月編)。

物ごとは「蛇行して進む」とSNSの日記に書いたら「スパイラルだと思っていた」のコメントをもらいました。

かとうは「前に進む、前進」のイメージでしたがコメントをくれた方々は「上に、上昇」のそれ。なるほど。イイタイコトは同じでも
視点が違うと、ことばが違うし、受け取り方も違う。

面白いですねえ。 

■notes073 読書の順番。

不思議なもので、本には読むべき順番ってあるのだなと思います。

出版された順番とは関係なく、自分にとっての順番。かとうにとっては『社交する人間』(山崎正和著)がそれ。以前とあるセンセに薦められつつ購入し始めたものの、途中で止まっていました。3ヶ月ぐらい経った後に『資本主義から市民主義へ』(岩井克人著/三浦雅士聞き手)
からの流れで今度はスーッと読めました。

1冊の書籍は、本当にたくさんのヒントを含んでいると思うのですが、もしかして自分のところにやってきた本たちは、それぞれ必要な出会いのタイミングを待っているんでしょうかしら?

積ん読も悪くないですね。ネットのお陰で、何とかなる可能性は高まりつつあるとはいえ、最近はすぐ絶版になってしまうから、そういう機会を失ってしまうのは怖い事だなあと。やっぱり・・ピンと来た本は買っておかないと、せめて書名をメモぐらいしておかないと後悔する? 

■notes072 紙ナプキンへのメモ。

久しぶりに見ました、紙ナプキンへのメモ。
知っているけど見たことない、の代表かも知れません。

もちろん、普通のメモ紙に書いて/描いてあっても同じことなんですが
どうしてか、ちょっとありがたい気分になりました。

メモ、の王道なんでしょうか?

■notes071 芸術を使う、という考え方。

ご縁があって、演劇を観ました。
台本の構成がしっかりしていて、面白くて泣けて・・と劇そのものは二重丸。
それまでまったく知らない劇団だったのですが
思わず友の会に入ってしまいました。

それはそれとして、フト気になったのがお客さんの側。泣けるところで、みな泣く。劇場は鼻をすする音でいっぱいに。しかし、帰る途中で隣り合わせた人たち(さっきまで劇場にいた人ですね)
から耳にするのは「ごはんどーするう?」みたいな話題。全部が全部そうだ、なんてこれっぽっちも思いませんし、ご飯を食べながら、ふかーい話をしていたのかも知れません。直感的にですが、
感動が感動のまま、終わってしまっているような気がしてしまいました。

もちろん感動することはよいことで自分の感受性や感性を高めてくれるのですが、そのままインプットで終わってないか? という疑問。

感動した自分の、その次の行動が変化していかないと意味がないんじゃないかしら? それも承知で、演じている人には失礼な物言いになりそうですが
「芸術を使う」という考え方。自分の肥やしにとどめることなく、その次へパスする、トスする。循環させる。Pay it forward 的なやり方。もう少しあってもいいのかな、と思いながらの帰路でした。 

■notes070 行動に焦点を当てるとは?

先日、『アイデア会議』でも参考にさせていただいた石田さんの行動科学についてのセミナーを聞きました。これ、やっぱり目ウロコ。

誰かが何かをできない理由は2つしかない。
1)やり方が分からない
2)やることを自発的に続けられない  ・・これしかない。

1)の解決策は「できる人の行動を分解する」こと。
驚くほど細かく分解するのがコツですね。セミナー中、「ペットボトルの水をコップに移す」というワークをしましたが、全然分解できなかった・・・。

2)については、「成果でなく、行動を褒める」こと。
例:売上を上げるために、お客さまと接した時に「○○はいかがですか?」とアップセルを掛けることだったと「できるひとの行動を分解」して分かったとする。なるほど、と「いかがですか?」トークを練習する。ここまでは「そうだよなあ」ですね。驚いたのはその次。普通は「声を掛けて売れたら、褒める(ポイントをあげる)」のが常道かと。

しかし! 行動科学では「いかがですか?」と声を掛けたこと自体を評価する。これ、ものすごく大きな違いです。売れても売れなくても=成果に関わらず褒める。途中過程の「行動」を褒めてしまうのがミソ。売れるかどうかに関わらず、発言そのものを褒めることで A)褒める回数が増える=下々は嬉しい B)発言の回数が増えれば構造的に売れる=上も嬉しい となるわけです。

常道ではついつい、上の目的(売れる)が達成されて初めて下を褒めていた。いわゆる成果主義ですね。しかし、マネジメント(部下育成を含めて)という視点からすれば成果が出る仕組みを発見し、そのキーポイントとなる途中行動を褒める。そうすれば、最終的には同じことになる。かつたくさん褒めることができる=下々を喜ばせられる回数が増える。魔法か? と思ってしまいました。知恵には限りがないな、と舌を巻いた1日でした。 

■notes069 云い換えの魔力。

もしかして●●、と書いた方が分かりやすいのではないか?

企画書でもなんでも、文書を書く時にはホンのわずかな時間でも言葉を吟味した方が好い、と思います。書く方にとっては「違う言葉で同じ意味」であっても聞いている方からすれば「違う言葉は違う意味」。言葉はどこまでも抽象度を脱することはできませんがどこまで、双方の誤差を狭められるか。

それが言葉を選ぶ作業であり、『アイデア会議』風にいえば「云い換える」こと。素晴らしいことを提案している自信があるのに聞く側がピンと着ていない様相の時には、ぜひ使う言葉の云い換えを。魔力、という表現が当てはまるほど理解度や共感度が変わると思いますよ。
お試しあれ。 

■notes068 プロフェッショナルへの二乗曲線

先日、日本感性工学学会理事の小阪センセと
お話をする機会がありました。

よもやま話の中で
「物事が上達するカーブは二乗に比例するイメージだよ」。
横軸が+1なら、縦への増加は1,しかし横に+2なら、縦には+4.さらに+3なら、一気に+9・・・
上達するほど差が出てしまう、という話。「だから二流と一流との差よりも、一流と超一流の差の方が大きいんだよ」。

「え、それじゃいつまでたっても追いつけないじゃない!」と思うか、「ほお、じゃちょっと練習したら二乗返しなんだ!」と思うか。後者でありたいですね。なかななカーブのぐいと伸びたところに達したかどうかは自覚できませんが・・・。同時に「予習より復習」という鉄板のフレーズも思い出しました。

■notes067 デザイナーがデザイナーに興奮する?

「100のデザイン、100の物語」というブックレットを読みました(※)。

いわゆるGマーク、グッドデザイン受賞作品について1958年から追いかけたもの。それぞれのデザインについて、デザイナーの方々が一文を寄せています。その中で、とある著名なデザイナーがあるデザインに興奮している文章がありました。いわく
基本設計が変わっていないものについて、アイデアの底がつくと表面処理に走る。
本来のデザインの定義ってそんなに薄っぺらいものじゃない・・云々。確かに、まだ一般の理解ではデザイン≒デコレーション。本当はそうじゃないんですよね。目に見えるものだけではなく、いろんな「仕事」がデザイン足りうる。例えば法律を作ることは社会構造をデザインすることだろうし、世論を左右するような発言や著書を著すこともデザインすることになるでしょう。

視座を変えれば、どんな仕事でもデザイン。誰でもデザイナーになれる可能性があるということ。

はて、自分はどんなデザインができるのだろうか?
デザイナーになれるのだろうか?

※どうやら本屋さんでは入手できないようです。かとうはとあるデザイン系のショップで求めました。

■notes066 日本、ってどんな国なんだろう?

先週、知人がベルギーからやって来ました。

年がら年中海外出張をしているビジネスパーソンですが日本は初めて。「ツーリストだネ」と連発しながらもデジカメでパチパチ、パチ。日本の現状と文化とをしっかり伝えねば、ということで
東京で見物するべきところをアドバイスしつつ、自分は草津温泉の露天風呂で、ONSEN SPA をご案内。

道中で見せてもらったのが『JAPAN』のガイドブック。書いてあることと、実感とのイメージのズレはありました。あれ、Aが載ってなくて、Bが大きく出てる・・などなど。

いい悪いではなく、それが一つの現実。なるほど、外国人の方々はこういう情報をベースにやってくるのだなと。思わぬところで 七色いんこ。明日本屋さんに立ち寄ったなら、
ちょっと外国人向けのガイドブックを覗いてみてください。発見があると思います。

■notes065 チームでアイデアを考えるには?

突然ですが、2006年10月末に2冊目となる本が出ます。

タイトルは『アイデア会議』。
『考具』がプランナー個人のための本だとすれば
『アイデア会議』はプランナー+ディレクターのための「チームでアイデアを考える」ための方法にフォーカスした内容です。いい企画が出てこないよ、と悩んでしまう理由は企画の中にあるはずのアイデアがない、あるいはもう一つだから。じゃあアイデアを考えれば好いわけなんですが
「チームメンバーそれぞれが企画を持ってこい」というオーダーはたった一人きりでアイデアを考えろ×人数、と云われているに等しい。でも一人で考える場合、アイデアの広がりは当然狭いし、他のメンバーと似たような広がり具合で終わってしまっているかも知れないですよね?

だから、チームでアイデアを考えると素敵なんじゃないですか?
と問い掛けているつもりです。中身は『考具』と同じくインストラクター本にしつらえました。表紙も。お時間あったら、本屋さんを覗いてみてください。 

■note064 平易な言葉と単純な言葉と。

近ごろ、なんでもかんでも
「すごーい」「かわいーい」でカバーされてしまっている気がします。

本当はもっと細かく「すごさ」が別れているんだと思うのですがそれが言葉にならなくて、「すごーい」に代表されてしまっている。大は小を兼ねるとは云いつつ・・・。六つかしい漢語や言い回しを使えば好いわけではありません。平易な言葉を使うことと、簡単な言葉で網羅してしまうのは違うことのはず。わたしたちの「感性」がどこかに逃げてしまっているのでしょうか?

■notes063『豊饒の海』に呆然として。(N.Y.旅行記第9日)

滞在中から日本への飛行機の中で三島由紀夫『豊饒の海』四巻を読了。

久しぶりに 呆然 としてしまいました。感動や怒りや消沈や感心ではなく(その亢奮覚めやらぬままです)。構造と表現。詳細は憚るにして阿頼耶識と人間、美しさ・・の関係構造。輪廻転生をモチーフにした起承転結ある大きなストーリー。そして豊富な知識に裏付けられた視点や文章表現。

ここ一年ほど前から近くにあるも手に取ることはなかったのですがあらためて「しかるべき時にしかるべきことが起こる」。

N.Y.旅行記、前日分までで一区切りと決めていたつもりでしたが
とんでもなかったです。この10日間を総まとめにするような自分にとっては今読むべき小説だったのだなあと思わずにはいられませんでした。 

■notes062 選択肢を先に示すビジネススタイル(N.Y.旅行記第8日)

長かったようで短かった研修ツアーも最終日。
のべ9つの企業や団体を訪問してお話を伺いました。
一貫しての気づきとしては
「自分が主導権を持って、先に選択肢を示すスタイルでビジネスをしようとしている」こと。お金の流れ的には俗に云う受注産業そのものですが自分たちの価値/できること(やりたいこと)をハッキリさせているためにお金が払う側が提示された選択肢からYes/Noを「選択させられる」側になる。発注側は、選べるようで選べない。企業の規模や根本的なビジネス習慣の違いなど
一概にどうのこうのとは云えませんが、自分たちが先に選択肢を示すんだ、の心意気は勝手ながらに感じました。「 I 」わたしが主語の世界つくづく・・・いろいろと考えることの多い10日間になりました。 

■notes061 先を想像するチカラ。(N.Y.旅行記第7日)

こちらはやはり契約社会。

貸切観光バスにしても「終着地点は一ヶ所」だったりします。2ヶ所にすると追加チャージが必要。

ということは先に何がありそうかの可能性(選択肢)を想定しておく必要があるわけです。これ、日本は苦手なのかしら、と。流れを見つつ、あれこれ変更していく「しぶとさ」があるのかしら? 反対に先に選択肢を出し尽くしておくためには
相当の想像力や経験が必要にもなります。いわゆる戦略コンサルティングファーム、アメリカを発端としている企業が多いのはなるほどな、と思いました。 

■ntes060 恥らいと自販機。(N.Y.旅行記第6日)

oアメリカは欧州ほどではないにしても、自販機が日本に比べると少ないです。

ショッピングセンターにも1−2台あるかないか。なぜ日本では自販機が隆盛なのか?

なんとなく、
恥じらいの文化がそうさせているような・・気がしています。それとも
士農工商、商いは4番目、のなごりなのか?