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■notes140 関西はどこまで?

先日京都に行きました。
関西と関東では、エスカレーターのお作法が違います。関東では左が待ち、“追い越し”が右。
(エスカレーターは追い越すものじゃない・・が本筋ですが)そして関西は反対です。

さて、帰り道。
京都駅の新幹線ホームに上がるエスカレーターをふと見上げると
すでに関東風。右側が空いていました。

あ、ここで関西は終わるんだ・・と不思議な発見でした。

■notes139 どこまで脱ぐか?

「アイデア稼業とは、昼間から脱ぐ職業である」。

とある先達に云われたことを憶えています。平たく云えば公私混同。といってもセコイことではなくて
自分自身が個人として興味関心あることを、仕事にも反映させていくこと。

そんな話を先日していましたら
「では、どこまで脱ぐのか?」という議論(と書くと堅いですが、まあ)に。人によってその線引きはいろいろで。基本的に一緒くた、という人から、結構分けている、の人まで。

自分自身はどうなんだろうか? と帰り道に考えていました。

■notes136 メールで「余計な話」をする?

face to face でのコミュニケーションのベネフィットのひとつは
「何となく話」「次につながる与太話」が簡単にできるところ。

じゃ、メールではできないの?
と改めて見直すとどうでしょうか?
確かにメールは「文章=書きことば」が基本です。ビジネスパーソン同士のヤリトリであればなおさら。でも、そこに「二伸」などの手紙ならではのお作法で
ちょっとだけでも「おしゃべり=話しことば」は無理なのでしょうか?

できる、と思います。

二伸:先週の日曜に●●のライブに行ったんですが・・

なんて「一言」を追加しておくことで
返信:●●といえば、・・・ですよね
三信:そうなんですか。知らなかったです。

なんて「メールでもトーク」できるはず。
そこから相互に気づきがあったり、
記憶が蘇ってくることもあるでしょう。

相手にもよりますが、「メールでのおしゃべり」
ちょっとトライしてみようと思います。

■notes135 時系列で考える、をプラスする。

平面だけで考えていると、結果うまくいかないことが多々あります。

例えば家の設計。正に平面図と睨めっこしながら
「ここにソファ置いて、テレビはコッチで・・」なんて一生懸命考えるんですがいざ完成してみると、どうも使い勝手が悪かったりする。時間軸=使う人間の動きや感情に沿って
考えることをしていないと、そうなりがちです。

まだ完成していない家の中でのシーンを思い浮かべるのは大変ですが、そこでアレコレ想像しておくことが大事みたいです。

と、この世の中の全ての企画は「まだ」のものでした。
仕事でもプライベートでも、時間軸で想像しておくと、思わぬ発見がありそうです。
単なる「配置」に時間軸がプラスされるとそれは「経験」に。

ここにものすごいヒントが隠されていますよ。

■notes134 カラーバス、さらにもう一歩。

考具の中でも人気があるのはカラーバス。
普通の通勤路が宝物殿への参道になるのは素敵です。

さて。
ではそこで「何を発見」していますか、みなさん。

もう一歩具体的にメモすることで、もっと豊かな「既存の要素」が手に入れられるのではないかしら?
と思っています。
例えば「ホワイト」でやってみたときに普通に街に出れば、当然クルマに出会います。
その時「クルマ」と書いて終わりにしていませんか?
そこでもう一歩具体的に書いてみるとどうでしょう。

「セダン」「クーペ」「ワゴン」「ミニバン」などクルマの種別の違いが書けるはず。
すると自然に自分のアタマの中で、違う何かを思い出す。
あるいはメーカー名や車種名なども書ける。そこからはまた違う種類の連想が始まる。

もう一段、具体的に書くことで自分の脳をより深く、あるいは広くかき混ぜることができるはずなんです。来週の月曜日から、やり方を少しアップデートしてみませんか?

■notes133 自分のためのメモ、人のためのメモ。

久しぶりに「人のためのメモ」を取りました。
いわゆる議事録的なメモですがこれがなかなか六つかしくて、全体を網羅的にメモに落とせない。

自分にとって新しいコトだけをメモるかと思えば意外にも自分がすでに知っていることばかりをメモりそうになったり。

その方が書きやすいんでしょうか?
その昔とある偉い人に提出した議事録に対して
「お前の意見は一切聞きたくない。議事録を勝手に編集するな」
「要点をまとめよう、という考え自体が不要だ」
と怒られたことを思い出しました。
議事録一つ取っても、いろいろ技がありますね。

■notes132 構造と表現、再び。

最近、この考え方(視点というか分け方というか)で、いろんなことをミルようになってます。

例えば『許されざる者』という映画。
アカデミー作品賞を獲得した作品です。
一説によると、
プロデューサー、監督、主演であったクリント・イーストウッド氏は実際に映画を製作する10年ほど前に、脚本(=構造)を“買い取っていた”。そして自分が主役を演じる(=表現)にふさわしい年齢になるまで待っていた、とのこと。

企画としてのダイナミックな時間的スケール感。そして構造をよくよく知った表現者。素敵ですよね。
もしお逢いするチャンスがあったらぜひお伝えしたい。そう思いました。

■notes131 メニューのないBar。

って、好きですか?

苦手にされている方も多いかもしれません。
さて何を頼もうか、と悩んでしまう。
あるいは、値段が気になってしまう・・とか。

確かにずらりと並んだ壜は、ちょっと怖いものがあります。こういうお店に来たときに自分の知ってる銘柄「だけ」を注文するのは少々もったいない。バーテンダーの持つ膨大な酒の知識と経験も「買いたい」と思うのです。

「お勧めを」がまずはの第一歩。そして何杯か(一気にということではなく!)の注文と、その感想?のヤリトリを経ると、バーテンダーさんも、より「的確な」返事(お酒)を出してくれる。
そうやって 一緒にオーダーを作っていく のも楽しいプロセスです。

メニューがないとは、書き切れないほどの選択肢がある、ということ。
アイデアパーソン/ディレクターなら、相手から存分に選択肢を引き出していくことも大事ですよね。

■notes130 判断と作業との間に・・

「何か」があるのでは、と思い始めました。

仕事とは、判断+作業だ、とずっと思っていたのですが
両者の間にもう一層。
ことに「際モノ」=自分のフィールドだけでは完結しないような「またぐ系」では。

目配り・・?
まだ言葉になっていないのですが。

■notes129 構造と表現、そしてリメイク。

最近、いろいろリメイクされる作品があります。
リメイクされるとされないとの間に何があるのかな?
つらつら考えてみました。

自分なりの答えは
「表現に頼らない構造を持つ作品はリメイク可能である」説。

作品=構造×表現。

映画でいえば、脚本×(演出×演技)といった感覚。その中で表現の素晴らしさで勝負している作品は、
俳優なり演出家なりにその価値を多くを負っているのではないか。それは同じレベルで再現するのは六つかしい。つまり「その俳優さんでないとダメ」だからです。

比して構造、脚本で勝負しているものは
(ある程度)俳優を選ばない・・・のではないか。小説にしても、表現だけに拠っているものは、時代を越えて読み継がれにくいのかな・・?

もちろん、構造も表現も優れていなければ当然埋没してしまうのですが。

■notes128 全体最適を忘れている。

最近、車に乗っていると
「譲る」人が少なくなった様な気がします。
圧雪された雪道で、チェーン装着車が先頭になって列が続いてしまっていたり、高速道路で追い越し車線をゆっくりなまま走っていたり。

確かにそのまま走っていれば自分自身の走行時間は一番短くなります。ただ、それは部分最適になってしまっているケースも多々あるのでは。後ろに続く、自分より速い車を優先した方が
全体の流れをスムースにし、余計な渋滞を引き起こさずに済む。

自分「だけ」の部分最適ではなく
自分も「そこそこ」そしてみんなはもっと、の「全体最適」を心がけたいな、と思いました。

■notes127 温泉なひと。

っているんじゃないだろうか、という話になりました。

40度とかの熱々のお湯がどこからか湧き出てくる。もちろんお湯には疲労回復やら何ヤラの効能アリ。惹かれて人も集まってくる・・。

ただ、いいことずくめではなくて
彼氏彼女の立場からすると、これは嫉妬してしまう。
温泉を独り占めは出来ないわけですね。

誰かに何かをgiveする人になりたいとは思いますが、
100%源泉掛け流しまでは・・到底いきませんねえ。

■notes126 いきなり本番、は・・やっぱり危ない。

ちょっと大量の印刷物を作ろう、と思って準備をしていました。

まずは封筒づくりからだ、と作業開始。

しかし・・なかなかうまくいきません。
まるまる2日間も掛かってしまいました。結局、アプリケーションの使い方もまだよく分かっていないし、
プリンタのご機嫌の取り方も下手くそ。それで大量印刷にいきなり挑むのは、ちょっと無謀でした(無理矢理やってしまいましたが・・酷いものばかりに)。

・・やっぱり要練習です。

■notes125 自分の経験を超えたところにクリエイティビティはある。

ということばを聞きました。

なるほど!

自分自身で経験を増やしていくこともそうだし周りから、あるいは本や舞台、音楽など他人のアウトプットを通じて経験を超えていく。そういう一年にしたいな、と思いました。

もちろん、そうしたインプットに応じた
自分からのアウトプットもですね。
2008年になりました。今年もよろしくお願いします。

■notes124 手繰る。

ことって、なかなかしなくなっているみたいです。

例えば、とある歌手の新曲を聴いて、過去に遡って曲を聞いていくとか。リニューアルされた映画を観て、元々のをDVDで探してみるとか。ランキングは最新情報ではありますけれども、そこから自分の感性とか興味を信じて(もちろん外れることもたくさんありますから)その次、次の次・・を手繰っていく。

あるいは自分の記憶の中を手繰る。知らないことを探すのが未来系だとすると、こちらは過去系。

こういう作業に慣れていると、アイデアを出すことってたやすいのではないか、と思いました。

■notes123 分解した行動で伝える。

スポーツをしていると分かりますが、行動って、云い方一つでかなり変わってしまいます。

例えば「視線を上げて」と云ったときにあごを上げるひともいれば、上目遣いにするひともいる。またそれをは遠くからコーチなりがみていても分からないこともあります。分かるのがよき指導者だとなんでしょうけども。

とすると、正しい(または楽な/適切な/効率のよい)行動を
誰もが間違いなく実行できるような「云い方」をする工夫が
伝える側としても必要になってきますね。それって、自分の中に正しい行動と
間違った行動のバリエーションがないと気がつかないことでもあります。

「あごを上げてしまった」ことがないと、
その間違いに気がつかないで「視線を上げて=上目遣い(のつもり)」になってしまうから。
いろんな経験やら失敗がないと、教えるのは六つかしいかもですね。

■notes122 コミュニティ(台北第3日)。

最終日の3日目。
20分強ほど歩いて、行天宮へ。

三国志の関羽さまを関帝としてお祭りしているところ。劉備元徳を最後まで裏切らなかった故に信頼できる、で商売の神様になっている由。月曜日の朝に覗いてみたわけですがもう猛烈なひとの集まり。お供えもすごくて・・とても信仰深き方々が熱心にお祈りしていました。まさにコミュニティの具現化でした。

そしてもう一つ驚いたのは、「お土産グッズコーナー」が見つからなかったこと。つまり台湾からのを含めた観光客からの“お布施”を一切当てにしていない。これまた強気コミュニティがなせる技だな、と思いました。

■notes121 烏龍茶(台北第2日)。

2日目はひたすら街を移動+観光。

博物館、小籠包、茶館、足裏マッサージ、世界一高いタワー、台湾料理・・。MRT(地下鉄)、バス、タクシー、徒歩と台北通算2日目にしては効率よく。

今日の気づきはお茶。
一つの茶葉から、優に7−8杯は取れるとのこと。しかも、杯を重ねるごとの香りや味の変化を楽しむのもお茶らしさ。一杯で終わり・・の「出がらし」という概念がありません。そこには●杯目がおいしい、みたいなお好みもあるわけで
「朕は7杯目が好きじゃ(その前はいらない)」なんて“皇帝飲み”もあるんだろうな・・・。

さて、いまの自分は何杯目なんだろうか?
とちょっと想像してみました。

■notes120 多くあったもの(台北第1日)。

何とは無しに、台北に来ました。
初めて。

台北に多いもの。
仕立て屋。
結婚相談所。
バイク。
日本語の看板。

反対にないもの。
自動販売機。
地下鉄の切符売りぐらいでした。