往復書簡6通目

書簡 6通目 〜場をつくる人の腕が試される〜
from 加藤昌治

 個人と集団とを行きつ戻りつしながら「考える」の論、確かにですね。個人がいないと始まらないけれども、一人だけでは達し得ない境地というか場所がある。だからチームとか企業とかがあるんでしょうね。

今日は早速ご質問へのお応えにいきます。

「数多くの部門から、大人数を集める」の命題は、そのまま受け取ると厄介だなあ、と思いました。集団で“考える”ときに陥りやすい、「三原色が混じり合って結局クロ」になるような、曖昧あるいは無難な結論になりそうだからです。

わたし自身の定義では、「考えるとは、選択肢を出して→選ぶ」。ゆえに人数の多い方が選択肢は増える構造なので基本は歓迎です。
そして選択肢に多様性がある、いろーんなアイデアが集まった方が「よいアイデアを選べる」可能性がたかくなるわけですから、招集する人は「いろいろいた方がお得である」が結論。年代、出身地(国・地域を含めて)、専攻、趣味趣向・・・と公私にわたってバラバラな方がよい選択肢が出てくるはず、です。

ただ、企業が新製品、新商品を開発する際には、ある程度選ばれたアイデア入りの企画を試作するなりしてさらに可能性を検討するような、“中間選択肢”のステップをつくることも多くありそうですので、「大勢があつまり、たったひとつのチームとしてアイデアを考える」のはちょっと非現実的かな? と思う次第。
実際には、ひとつの製品に関わるジャンルが多岐にわたるでしょうから、いくつかのチームに最初から別れていることが多いのでしょうけれども。

仮想的な環境として「出身部門や担当ジャンルは関係なく、とにかく全員で新製品・新商品のアイデア/企画を考えるんだ!」ということであれば・・・やり方があるんじゃないでしょうか。

まずはチームをある程度「小分け」にすること。ひとつのチームに人数が多すぎるのはかえってよろしくないケースもあります。30名で行うブレーンストーミングが成り立たないように。また、人数が多いと「誰かが考えてくれるだろう≒他人事」になってしまって真剣に考えないこともありそうですし。

そして小分けにしたチームごとの「結論(アイデア入りの企画)」を提案してもらう。チームの数だけ「ある程度練られた選択肢」が集まることになります。一次予選は各チームの中で開催してもらって、予選を通過したアイデアだけを、土俵に上げるやり方ですね。

ワークショップをやっている中で感じるのは「数多くの選択肢を検討するのは、とても知的体力を必要とするプロセスだ」ということ。慣れていないと、全部を公平にみて、その中から優れたアイデアを選び出す/ピックアップすることはできません。100人が50案ずつ出したら、5000案。これを一度にみるのは・・・えらいことです。5人ずつのチームならば、250案。これならなんとかなるんじゃないでしょうか、と。

ただ、チーム数を増やして小分けにするやり方にも当然デメリットはあります。
そもそも、人数の多寡に限らず、いいアイデアにたどり着けない「考えるの失敗」が二つあると思っています。
ひとつは「そもそもよいアイデア=選択肢が出ていなかった」失敗。もう一つが「よい選択肢(アイデア)は出ていたが、それを選び出せなかった」失敗。
考える、のステップにおいて、選択肢を出すのも大変なんですが、適切なアイデアを選ぶのもまた大変。特に選ぶにあたっては責任がつきまといますから、実はもっと大変だと思います。だから選ぶ役割は企業ならエライ人だったりするわけで。

話もどって、チームを小分けにすると、アイデアの母集団となるメンバーは5名などに制限されていますから、出てくる選択肢もその分狭くなるリスクがあります。それをどこまで拡張できるか。チームリーダーもしくはファシリテーターの腕が試されることになります。
さらに、出てきた選択肢(アイデア)から、予選通過案をチーム単位で選び出すプロセスで、「中間選択肢として、全体で見た時の多様性を担保できるか? 問題」が出てきます。全チームが似たような選択基準で予選通過案を選んでしまうと、その時点で多様性が失われてしまうことになりますよね・・・。
選ぶ、に付随する責任感が「無難モード」に働くと、似たようなアイデアばかりが選ばれて、チームを小分けにした意味がなくなってしまう失敗も想定されるわけです。
対する打ち手はあって、「予選通過は3案。なかでも一案はあえて変なアイデアにすること」など、ワイルドカードを残す仕組みを適用して、安心して変竹林なアイデアを選べるようにするサポートはできるでしょう。

とはいえ、チームごとのリーダーまたはファシリテーターの役割が大きいことには変わりありません。自分の預かるチームメンバーから、いかに多くの選択肢を引き出せるか。そして集まった選択肢から最適なアイデアを選べるか。

と、ここまで展開してきて気がついたのが、石井さんからの(あるいは企業さんからの)質問に、こうしたリーダー/ファシリテーターの必要性が含まれていたのかどうか? です。どうでしたでしょうか?

かとうも長くなってしまったので、ここらでご質問へ。

 そもそものご質問にどこまで対応できているのか? が一つ目の問いです。リーダーの必要性、も含めて。
二つ目は、アイデア(や新製品)を考えるにあたってのリーダーの役割についてどうお考えなのかな? と。上記の展開では、「リーダーが一人で選ぶモデル」に近い考え方になっています。しかし石井さんのワークショップではチームメンバー全員の投票などで優れたアイデアを決定するやり方を多く紹介されています。これはこれでアリですが、満場一致のアイデアがなかなか出ないのもまた事実であり、かつ投票制には「衆愚政治」「ポピュリズム」になる可能性もあるわけで・・・。これ、ずっと聞きたいなと思っていたことでした。

5月13日
かとうまさはる拝

次へ

石井力重さんと加藤昌治の「往復書簡」

shokanimg.png

「発想法の使い方」の制作に一緒に携わってくれた(※)石井力重さんと、この一冊を起点にした疑問や質問をお互いにヤリトリしてみようという試み。「これだけ一緒に議論してたとしても、結構わからないことあるんでしょうね?」がキッカケです。

素直に対談、みたいなやり方もあるんだと思うのですが、今回は「往復書簡」スタイル。ヤリトリの間にある程度の時間を置き、答えあるいは応えをそれなりに推敲するーしっかり考え、考え直すーことで、当意即妙のヤリトリとはまた違う発見があると思ったからです。