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■notes059 天井と蜘蛛の糸。(N.Y.旅行記第5日)

本日はN.Y.近郊に住む友人宅へお邪魔。

そこはいわゆる高級住宅街で、確かに駐車されているクルマの種類が違います。固定資産税が高い→税金は安全(警察)と教育とに重点配分される→そういう街は生活費も高い→それなりの収入がないと住めない→・・・

という循環で回っているとのこと。

なるほど。マンハッタンを歩いていてもそうですが確かにアメリカは頭脳労働系と単純作業系に就く人たちとの間には
それ相当の「壁」があるのだろうと感じます。その壁(下から見上げれば天井)を抜けて上階のフロアに行くのは六つかしい。おそらく天井を抜けるための手段は教育(あるいはトレーニング)でしょう。もちろん、いい教育を受けるには、持って生まれた生活環境の差は非常に大きい。暢気にしていたら、まあそのままになってしまうでしょう。ただ、奨学金やら何やらもたくさんあって、
よく見ると天井からは「蜘蛛の糸」が何本もぶら下がっている。天井があって早々は超えられなくても何とかなる道はある。「仕組み」としてはよくできているのかしら、と思いました。日本の社会構造とは全然違いますね。どちらがいいかは軽々には判断できませんが。 

■notes058 “I feel” to “You think”(N.Y.旅行記第4日)

今日はMOMAへ。
相変わらず名作の数々が惜しげもなくフツーに展示されています。

また改修なった建物には「●●さんギャラリー」「△△さんアトリウム」と
いたるところに寄付をされた方々のお名前が。「おいらも大金持ちになって、寄付してみたい」と思いました。

閑話休題。

フロアを歩いていくうちに気づきをもらいました。正確に時代や作家をカテゴリーに収めることはできませんがアートの流れってこんな風で変遷しているのではないか、という実感。

I describe  物語を描く(+彫る他。以下同)
  1. I look              見たものを描く
  1. I feel 感じたものを描く (この辺から印象派=MOMAの領域)
  2. I edit 編集したものを描く (モンドリアンやキュビズムあたりから)
  1. You think/imagine 見ているあなたが考える (現代アート)

だんだんに+されていって流れが増えていく。

特に現代アートが出てくるところで、主語が変わっていくことに気がつきました(※1)。

I editの流れまでは、細部にいたるまでの技巧が凝らされているわけですが現代アートはもっとアイデアの発見部分にフォーカスされている(※2)。その結果、アートを見ている側との同居感を含めた環境がアートそのものになっている。つまりいつの間にか、アートを「見ているわたしたち」から

アートは環境で、その中で「囲まれて考える(考えさせられる)わたしたち」
に変化している。現代アートは「謎掛けだ」と西岡文彦さんに教えられましたが
その意味をもう一度掴み直した感じです。

これはいい悪いではなくて、アーティストとしてのタイプなんでしょうね。自分はどんなタイプなんだろうか? とちょっと考えました。

※1・・風景画のような「古いアートが」なくなるではなく。
※2・・もちろん技巧はたくさん凝らされているわけですが、配分のバランスとして。 

■notes057 摩天楼の窓をみると(N.Y.旅行記第3日)

宿や研修地点の関係上、5番街、6番街といったビジネス街をウロウロしています。

周りはほとんどが摩天楼のビル群でいわゆるインターナショナルスタイル/モダニズムのビルが建ち並んでいます。と、何となく気になるのが窓の表情/たたずまい。インターナショナル、というくらいで万国共通に可能なデザインなのですが
「このデザイン、N.Y.だから生まれたのかしら」と感じてしまいました。この街、土地にすんなり落ち着いている印象が強く残ります。アイデアとは、考える人の趣味や視点、
大げさには人生が出てしまうのだと思うのですが建築にしてもやっぱりそうなのかな、と思う次第(※)。

我々はどこまで行っても自分のオリジンからは抜けられないのだろうか?
そして旅をしたり、生活を移すことで超えられるものなのでしょうか?
あるいは、程よいブレンド具合を見つけられるのだろうか?

※・・逆説的には、だからこそ都市というものは異なるバックグラウンドを持つデザインを求めるし、取り込んでいくのでしょう。 

■notes056 仕組みなくしてロングランなし!(N.Y.旅行記第2日)

※間違ってデータ消去してしまいました・・復元モードです

第2日目はブロードウェイへ出撃。
『The PHANTOM ofThe OPERA』の劇場へ。このミュージカル1988年以来のロングラン中の由。確かに確かに! それだけ続くはなあ、と思わせる作り込み。

で、なるほどと思うのは
配役に左右されない仕組みになっていること。もちろん高いレベルの中で「●●の時が一番よかったよね」はあるんでしょう。しかしそれを(一般客レベルでは)無視できるほどの完成度の高さ。それは台本、美術・・を含めた仕組み度の高さなのだと思います。エンタテインメントを企画する時には
その俳優に頼らない仕組みを作ることが肝要なのだと。誰がやってもシェイクスピア/義経千本桜だ、ということですね。 

■notes055 生まれて初めての団体海外旅行(N.Y.旅行記第1日)

研修のお仕事で、25日からアメリカへ。
10日間にわたって、あれこれ当地の最新事情を見聞してきます。

人生いつになっても初めてのことばかりだな、と思うのですが今回は、初めての団体旅行。出発2時間前集合、結団式・・と初めて尽くし。なかなか面白いです。

N.Y.は2年ぶりですが、ゴンゴン新しいビルディングが立っていてだいぶ様相が違う感じです。聞けばいわゆる再開発も進んでいる由。
街は動き続けているのだな、と実感。でも機中で読んだ『「相対性理論」を楽しむ本』によると
動いているものは時間の進みが遅くなる、とのこと。もちろん地球上では分からない範囲でしょうが、動くと時間が遅くなる、ってちょっと勇気づけられるような気がしました。 

■notes054「台本」と「演出」。

突然ですが、「文楽」ってご覧になったことありますか?

恥ずかしながら、先日初めて観ました。「へー、歌舞伎の演目の原型なんだよね」ぐらいの軽い気持ちだったのですが
これが、これが。義太夫+三味線+人形 のシンプルさゆえに
ある意味で歌舞伎よりも分かりやすいかも知れません。仮名手本忠臣蔵の中盤、勘平/おかるの悲恋物語だったのですが涙していた人も多かったような。

歌舞伎=演出 なら 文楽=台本 という印象。
演出の派手さ、艶やかさに(あえて云うなら)“誤魔化されずに”
物語の本質的な部分がストーンと伝わってきました。観た人の心を揺り動かすのは「台本のイイタイコト」が
どれだけストレートに伝わるか、なのか?

自分はどちらかというと「台本書き」に興味があることもあって文楽、とても興味深かったです。ただ人口に膾炙する、という点からすれば
やっぱり演出がたっぷり、の方が面白い。
エンタテインメントとしての魅力は歌舞伎の方が大きいのでしょうね。 

■notes053 A3の紙。

『パワポ使いへの警告』の著者、かつ会社の先輩である榊原廣センセから聞いた話。

打ち合わせ時や、アイデアをアレコレ考える時に
A3サイズのコピー用紙を愛用しているとのこと。
すぐマネしてみました。
あくまでも個人的な感想ですが、自分にとっては結構よい感じ。
最近A4サイズにメモが収まりきらない限界を感じつつありましたので。フロンティア精神を刺激されるのか余白が広いと、「自分のアイデアで埋めてやろう」という気分。社外での打ち合わせには使いづらいかも知れませんがちょっと続けてみようかしら。 

■notes052 アイデアを企画まで持っていく、の凄み!

ここ数日、
面白い企画の誕生話を聞く機会が何回かありました。

担当者が異口同音におっしゃるのは
「アイデアはあったかも知れないけど、ホントにやった人がいなかったんですね」。そう、そうなんですよね。【アイデア偏差値53で世の中渡っていけるのではないか説】
のかとうとしては、まさに膝ポン!のご発言。

アイデアは考えるもの。企画は整えるもの。ただし、整えるのには膨大な調整だったりの手間暇はかかります。実はこれが経験豊かな仕事人にはネックになる。「どうせ、●●だろ」「あそこで詰まるよな、きっと」・・・。どんなアイデアであっても、それが企画として整えられなければ、さらに現実化できなければ「ないと一緒」。とっても面白いアイデアよりも
ちょっと面白い現実化された企画に価値があるんじゃないか? 一概には云えないけれども、そう思いました。 

■notes051 久しぶりに類語辞典。

をなめるように読みました。

最初はちゃんと類語を探していたのですが
ついつい・・気がついたら読んでました。キーボードの功罪か、堅めの本を読んでいないのか
使う語彙が急速に細くなっているのを自覚。分かりやすい文章がいいんだ、とは云いながら
同じ言葉ばかりを使ってしまいますが、それは結果としてその言葉の意味を広げる、つまり曖昧にしていることにもつながるなと。聞かされる方とすると、解読する能力が必要にもなるわけで。かえって不親切なのかもしれません。そういえば受験勉強時に出会った古語の「あり」。意味が10個以上あって辟易してましたね・・・。 

■notes050 選択肢をいつ、どれだけ持てるか?

某全国紙さんが大学入試と新聞、をテーマにした小冊子(宅配されるのかは不明)を
制作されていて、その中にマンダラートを紹介するコーナーがあると教えてもらいました。

早速拝見。6pを使った企画で、いま(おそらく特に深ーい思索なく)
「医者になりたい!」なんて言ってるキミ、がターゲット。
1)「医者とは?」・・医者の役割、メリットをマンダラで開く
  →自分で開く/友達、家族にも開いてもらう
2)いったん職業を離れ、「自分のやりたいこと」でマンダラを再編集
  →自分の医者イメージ、人の医者イメージから気づきをもらって
3)「やりたいこと」をもう1つ具体的にして
  →人を幸せにする=人を笑顔にする/ほめる/お金持ちにする・・

4)「やりたいこと」を中心セルにして、周辺セルを職業名で埋め直す
  →もしかしたら「やりたいこと」は医者じゃなくてもできるかもしれない?

マンダラを使いながらの紙上ワークで、将来の職業と、自分の価値観とをリンクさせる企画でした。

いいな、これ。
高校生の頃にやりたかった・・
と羨ましく思ったのですがこれは要するに
「選択肢を持てることの喜び」なんですね。人生だけではなく何事につけても、早い段階で選択肢をきちんと考えて、書いて、ミルことができると可能性がグンと拡がる。日々のルーティンワークでも選択肢を考えることは忘れがちですが就職、大学進学・・などもっともっと大きな分岐点での選択肢も足りないのでは?

 ちなみに企画の締めとしては自分の価値観や職業への意識が変わると、新聞の読み方も変わるよね、ということ。確かに! カラーバスと同じことで
「目に入る記事」がガラリと変わるでしょうね。
高校生なら、人生変わっちゃうかも知れないな。大人も負けてはいられない。
選択肢を広げてから絞る。それも適切なタイミングで。・・・ちょっと忘れていました。

■notes049 プロフェッショナル=再現性。

・・と強く思うようになりました。
ついつい「新しいもの」に走りがちなんですが、本当のプロとはいつでも同じレベルのアウトプットを
出せる力を持っている人や組織ではないか。やや逆説的ながら
例えば、お客さまが入れ替わるような業態で
まったく違うアウトプットを出すのは実は自己満足。似ている、でもクオリティや細部の完成度が高いアウトプットを
繰り返し出せる方が実はプロフェッショナルなのではないか?

ただし、
似たようなアウトプットでも細部をさらに詰め上げていくことはできる。落語や漫才のような話芸は、そういう世界なんだと思います。まったく新しい、だけが価値じゃないってことでしょうか。
自分のなかに繰り返しのアウトプットに耐えうるネタがあるか? 聞くのがちょっと怖いですね。 

■notes048 カタチの過程を知る。

先日、とある温泉旅館へお邪魔する機会がありました。
夕食に出てきたお箸が濡れていたのが不思議。何となく恥ずかしく、聞こうかどうか、迷いましたが
最後に何故、と伺ったらば「箸に物が付かないように」とのこと。なるほど、と。

カタチの意味≒そこに到る過程が分からなければ最後のカタチも素通りしてしまう。例えばお茶のお作法で顔を真下に向けないでお辞儀するカタチの理由は「襲われないため」とか。戦国時代に始まったお茶故の話です。これもまた茶道の本質かも知れません。途中経過を含めて、最後のカタチを知ることが大事なんだと思いました。お作法ものに限らず、当てはまるのではないかしら? 

■notes047 敷地から自由になる。

ミース・ファン・デル・ローエに関する本を読みました。

いろいろと「なるほど・・」があったのですがその中でも彼の代表作の一つである「860レークショア・ドライヴ・アパート」がツインタワーであった(※)理由を高山正實さんは「建築を敷地から切り離して独立させることだったと思う」と。さらには
「建築はもはや土地に従属した不動産ではなく、工業製品になろうとしてるのだ」。これが一番のなるほど! でした。与えられた条件を「目一杯に使う」ことに捕らわれているのではないか。あえて敷地を「捨てる」ことで得られるアイデアがある。与件に縛られない、と唱えているだけでは分からないツボを教えてもらった感じ。

ちなみに「860」は当初ミースが考えていた20階では採算が取れないという理由で26階になったとのこと。こんなエピソードにも「アイデアが思いやられて企画になる」のが感じられて素敵でした。

※・・敷地目一杯には建物が立っておらず、土地利用視点からは効率は悪い
   今でこそ公開空地を取る事は普通ですが、当時は・・だったのでしょう。  

■notes046 お歳暮と想像力。

お歳暮、もう確かに古い風習ではありますが、ギフトの基本と云えば基本。

しかし近頃では「お歳暮、何がいいですか? 外したくないんで・・」と直截に聞いてくる人も多いとか。うーむ。ギフトって、まさにアイデアの賜物。そしてそれは、想像力をたくましくして考えるものだと思うのです。相手にいきなり聞くって云うのは・・
ちと寂しい限りです。となれば
アイデアのトレーニングとしての「ギフト」はアリですね。今年(2006年)は、それにチャレンジしてみようかしら。 

■notes045 指揮者で聴き比べ。

またまた大変ご無沙汰してしまっています。

さて。先日別々の会で、話をしている中で
クラシックコンサート(あるいはCD)の話題になりました。

その中で面白いよ、となったのが
「同じ楽曲の違う指揮者/楽団の演奏を聴いてみる」こと。もうまったく違うのです。これが同じ曲かしら、というくらい。以前この稿でも、書きましたが、まさにチームのプレイ。誰が好きか嫌いかは、もちろん好みの世界ですが、サッカーや野球よろしく、チームカラーが厳然としてある。なんとなく、の先入観で、クラシックは同じ楽譜なんだからみんな機械的に、こなすように演奏しているんじゃないの? と思いがちではなかったでしょうか? アイデアや企画とは、ゼロから何かを作ること、だけでもないわけです。既存のアイデアを再解釈し、その解釈に沿ってプレイすること(その段取りをつくること)。それも素敵なことなのでした。冬は「第9」だったり、クラシックには近しい季節。指揮者違いでCDを2枚買ってみるのはいかがでしょうか? 

■notes044 子ども向けの入り口を用意すると大人も・・

先日「イサム・ノグチ展」@東京都現代美術館へ行きました。

見ることを楽しんでもらうための工夫があれこれ。アイデアがありました!

その特長は(企画側に確認した訳ではありませんが)、子ども用の「入り口」をたくさん用意することで、子どもも大人も入りやすくしていること。例えば「子どものためのガイドブック」Freeでしたから、みんな手に取る。イサム・ノグチって名前は知っていても・・だったら、当然ぐいぐい読みます。

それから「ワークルーム」。展示会場の途中に、作品とからめてスペースを設けてある。入り口が低くなっていて、くぐらないと入れない(※)。中にはアートのパーツとなるシートがパズルのように用意されていて一人ひとりが組み合わせながら遊べる仕掛け。「子ども優先ですかが、空いていたら大人もどうぞ」なんて書いてあって。ちょっと覗いて見ると、大人(含若者たち)もアートにチャレンジしていました。その他にもあれこれと。「入り口をずらして、本来のターゲットも入りやすくする」
このアイデアは他にもいろいろ使えそうですね。

※・・気持ちを切り替えるとか、勝手に持ち出しにくいとか。
   アフォーダンス的な意味合いがたくさんあってなるほど・・と。 

■notes043「知っているけど、云えなかったこと」が新しい?!

ということではないか、と考えるようになっています。

これは一般的な、普通の生活者や企業を相手にしたアイデア・企画の場合。いわゆる「三歩先を歩いていても、分かってもらえない」論です。自分の脳の中に何らかの知識としては埋蔵されていて、
でも、自分からは云えなかったこと。それを何らかの企画のカタチで指摘されると「あ、やられた!」。
知っていたがゆえに、悔しい・・という感じ。普通のビジネス・生活における「いいアイデア」「新しいアイデア」とはそういうものじゃないのかな、と思うのです。 

■notes027 UK探訪記 第1日目。

9月の中旬に遅めの夏休みで、UKに行ってきました。
アイデアのネタ、沢山ありました。拙Webにとっての新しい水脈発見。

しかしなにせ外国での出来事、かつ細かいところから気が付いたことなので・・やや共有化はしにくいとは思うのですが、見つけたことを忘れないアイデアマラソンのつもりで書いてみます。都合8日間の滞在。1日ごとに1編とします。今日がスタート。

第1日目です。飛行機の出発自体が遅れ、ロンドンはパディントン駅近くのホテルに到着したのはすでに午後の18時過ぎ。流石に遠出するほどの元気もなく、駅近くで英国最初の夕食を探しました。とりあえずの確率論から一番混んでいたイタリアンレストランを選択。しかし・・これが美味しくなかった。近隣のレストランと比較した訳ではありませんが、まあ兎に角美味しくない。それでも混んでいるんです、連日。マーケティング的にはとりあえずロンドンへやって来た各国からの観光客を相手にした商売。リピーターを考えていない焼き畑型商売なのでしょう。それが料理人の倫理観として正しいかどうか(※)。

でもこの店にとってのマーケティング上の目標は軽々と達成している訳です。ロンドン、という広範囲な市場においては相当低い順位になるのでしょうが、パディントン駅周辺の観光客向けイタリア料理市場、という狭い商圏に於いてはバリバリの勝ち組。いわゆる地域ナンバーワン。日頃のかとうの主張として「ビジネス偏差値55で十分仕事になりうる」を控えめながら掲げておりますが、まさに地で行っている姿を見たのでした。自ら狭くして、勝つ。第1日目の収穫でした。

※・・もしかして本当に美味しい、とみんな思っているのかも???

■notes042 小説を読む≒「七色いんこ」。

基本的にビジネス書を禁止する1ヶ月、を自分に課してみました。

仕事をしていると、どうしてもビジネス書に目が向きがち。これでは・・と思い、小説ばかりを買い込むことに決めて。まずはカタチからだ、ということで文庫サイズの革製ブックカバーを買い、文庫本の小説をどかどか購入→読破を続けています。当然、本屋に行くたびに「あ、これまだ読んでない」のオンザパレードです。自分の中の変化、はまだ自覚していませんが小説を読むことは「七色いんこ」であったと再確認。中学生になってみたり、あらぬ国の人になってみたり・・。読んでいるときの視線が完全に主観映像になっていきます。生きている時間は限られているし、そうそう旅に出るわけにも行きませんが、疑似的ではあっても経験を増やすことは出来るわけですね。もっともっとやらなくては、とまたも本屋通いに拍車がかかっています。 

■notes041 ひらがなで考えるとどうなりそう??

「ひらがな思考術」という本があります。
博報堂生活総合研究所フェローの関沢さんが書いた本です。

個人的な判断としては、「ひらがな」の名前が付いていながら実のところは割合にプロ(あるいは考える事がかなり好きな人)
が読むとじーんと感じるところが多いと思います。この本、ひらがなで感じてみたり、考えたり、書いてみたりすることを
すすめています。その感覚はまさに! とひざを打つ感覚。そうだ、そうだ、と久しぶりに本と会話をしながら読んだ本でした。内容は立ち読みなり買って読むなりしていただいて・・・
この項では非常に不親切ながら「ひらがな」の有用性を声高に叫んでおきます。この本の中にも登場しますが詩人の谷川俊太郎さんは、ほんとうにひらがな上手だと思いますね。