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■notes177 社会人になるとは「発表」から「提案」へ。

昨日はご縁があって、京都S大学にて授業のお手伝い。
勝手気ままコメンテイターというお気楽振りだったのでした。

一年間かけてのプロジェクト型実習。実際の企業さまのご協力も得ての、かなりの座組み。かとうは「中間プレゼン」から参画させてもらってます。

その「最終プレゼン」だったわけなんですが事前の打ち合わせでセンセがおっしゃったひとことが印象的。

前週の授業で「これは発表じゃない、提案なんだ」と強く云ったと。
学生たちの感覚では得意先を前にしても「発表」してしまう。
それは自分たちの学びを整理して相手に報告して終わり、の世界。
社会人は「提案」。自分たちが考えた選択肢を提示して
選んでもらえなければ仕事にならない。
なるほど! と膝ポン。

もちろん昨日は
4チームから熱い「提案」がありました!
さて、自分は「提案」しているかな?

■notes176 戦いを省略するから、戦略!

と、教わりました。
うーむ、深い・・・

マーケティングの世界では
「戦争用語を使うのはやめよう」なんて議論があります。
戦略、なんてその最たる言葉とおもったら。
確かに孫子大センセは「戦わずして勝つのが最上」と。戦いを省略して、それでも立っているのは「個性」であり「ブランド」であり。「オンリーワン」に近づいていくことなんでしょうか。コンテンツのあり方=being論 にも通じるな、と独りごちてしまいます。

■notes175 閉じないで、開く。

先日、とある学生さんたちのプロジェクト実習にお邪魔しました。

各種熱のこもった発表があり、丁々発止のヤリトリがあって。
何人かの方が奇しくも
「閉じていないで開く」というキーワードが出てきたことにびっくり。

もちろん今までもすでに語られていたコンセプトですが
いよいよリアルな世界に来たな、という実感を持ちました。 

■notes174 集合値/創発の作り方(FAQ編)

ご縁があると実施をしている「ワークショップ考具」。
最後に一日のワークを通じての疑問、質問を戴きます。

ただ、普通とちょっと違うかな、と思うのは、いわゆる「質疑応答の時間」ではなくて、紙に書いてもらって回収するところ。他の方の質問も含めて「全員の質問、とそれに対するお答え」を後日お返事しています。

要は「WSでのFAQをつくる」ことになりますね。時間が足りなくて、も理由としてなくはないのですが
それよりも「他の人はどんな質問をしているのか、を知る」が主目的。

当然、誰かと被ることもあります。でも「まったく同じ質問」はほとんどありません。聞き方の視点が違ったり、表現が違ったり。あるいは「云えそうで云えなかった質問」があったりして一問一答をみんなで聞く、のとはまた違う発見がある構造になっています。

このプロセス、
すでにある素材を集合知に変換して創発環境をつくる技かな? と。
先日行ったWSの参加者さんから
「他の方の質問というのも、興味深いですね。」とのメールを頂戴しました。そう、そういうことなのです。インターネットの「FAQサイト」も実は同じ仕組み。「私の疑問は誰かの質問」でもあるわけで、そこには発見があります。

■notes173 自身の周辺までをデザインする。

地下鉄の駅で、前を急ぐ女性の足もと。
ハイヒールの裏が赤くって、
それがとても印象的でした。

面と向かった人に対しては分からないかもしれないけれど、持ち主の半径●メートルを意識したデザインなんだな、と。そういうことを分かって買い物ができると素敵かも?

香り、もそうかもしれませんね。

■notes172 本を読まなくても、という

ハナシをとあるカフェのオーナーさんからお伺いしました。

友人の出版記念パーティにて。曰く
「忙しくて本を読む暇がない」
「のだけれど、本の代わりに人 からインプットをもらっている」
「本と違って自分で選ばない/選べないのがまた面白い」・・・なるほど、なるほど。

■notes171 知と体験との食物連鎖。

とある読書会へお招きいただいて参加。
朝から集まるみなさんのパワーに驚きます。百人一首のナゾ、など
まだ文章にはならない気づきをアレコレ戴きました。

閑話休題。

読書って、知と体験との食物連鎖みたいなものだと思いました。ただ、いいもんばかり食べていると、太る。その辺の「ダイエット」をどうするのか、もあるんだな、とあらためて。あるいはすんごい消化機能を備えるか。

■notes170 触覚で感じるデザイン。

某コーヒーショップでのできごと。

飲んでいたマグカップが
飲み口で唇に当たる部分が薄くて取っ手も幅広で薄め。
日頃使っているものとはかなり違う「デザイン」でした。
これいいじゃない、と思った次第。

デザインと聞くとついつい視覚的なものと捉えがちですが
五感、五観をフルに使って「受け取る」ものなんですね。

■notes169 なんとか切り抜ける。

体験を先日の「ワークショップ考具」でしました。

当方+事務方の打ち合わせ不足で
WSで使う備品に不足があり、それをどうやって補うか。
あれこれやって、ちょっと上手くいかず、実際途中で「技術調整のための臨時休憩」をもらったりしながら。
参加者の方の即席ヘルプも戴きながら、なんとかなりました。

そういうの、いろんな経験(これも既存の要素)がないと
切り抜けられないなあ、と痛感。
目の前にあるものだけで
なんとかする「鍛えられる経験」大事ですね。
Mさん、Oさん、そしてWS参加のみなさまありがとうございました。

■notes168 主催と開催と、

は違うコンセプト何じゃないかな、と最近とみに思います。

昨今、いわゆる勉強会などのミーティングが隆盛。
かとうもいくつか顔を出させていただいてます。
いつも気づき、刺激、さらには新しい行動をもらえるので
おトクだし、楽しいなと思っています。

初めてだとカラダ震えると思いますが、
最初のジャンプだけできれば後は割に楽チンですよ。

で、いろいろ覗いていて感じたのが
「主催」と「開催」とが違うのでは、の意識。
何がどう違うのか・・はまだ明らかになっていませんが。
実際に「主催/開催」されている方々、どうでしょうね?

■notes167 翻訳とはリメイク。

先日、友人とのお食事中に発見。

「アウトプットとは、表現/構造」の仮説開陳中に、リメイクされる=分母である構造(映画なら脚本)がしっかりしている説なんです・・・お、じゃあそれ書籍だったら翻訳もそうじゃないか、と。

もちろん映画にしても小説にしても「その表現を自国語化したい」な
“翻訳家の本能”はあるんでしょうけども。
少しテーブルをズラすと、書籍だけではなく、いろんなアウトプットには、いろんな「翻訳」の可能性があるとも云えますね。

自覚が無いと盗作にもなるのかな?

■notes166 想像力と倫理観。

この二つ、比例しているんじゃないかな・・と思っています。

知っている人、知らない人、生活者、取引先、あるいは社会、世界・・
・・と自分以外の人たちのことを想像することができれば、もう少し、コミュニケーションとその先にある関係性が豊かになるんじゃないかな・・と。

もしこの仮説が正しいのであれば、アイデアパーソンは倫理観高き人たち、ということにもなりますね。そうありたいですね。

■notes165 行動を促すデザイン。

土曜日に参加させてもらったワークショップタイプのセミナー。
「○○をたくさん書いてください」というお題が出てきたのですが
何気なく配られているワークシートがデザインされていました。

書くゾーンに「・」が打ってあるのですが、これが10ヶ以上。











・・となっているわけです。

これ、簡単に見えますけど、大きな違いです。
たくさん書く、という抽象度の高いなお題を、10個以上書く行動(書かないとまずいかな? と思う)へ転換しています。
行動を促すデザインだなあ、と思いました(あ、もちろんワークもちゃんとやりましたよ!)。

■notes164 浸入してくる絵(対話体験その2)。

引き続いてあるのが、マーク・ロスコの部屋。

既存のコレクションにプラスして
海外からもいくつか壁画が集合しての大迫力です。
あくまでも私見ながら
こちらは目をつぶって、あるいは薄目で「体感する」感覚。

壁から問いかけられてくるようでした。
吸引の反対で、質問が押し寄せてくる。

質問は
「おまえは誰だ?」
「おまえは何処にいる?」(やや脅迫的なイメージですね)

思わず、コートの身体に巻き付けて寄せてくる質問の嵐から身を守りたくなるような。

もともとはレストランの壁に掛かる構想だったらしいのですがそのレストランが実現していたら・・怖かったかも(笑)。わたしは何度も通ってしまいそうですが・・

剥ぎ取られる対話と、問いかけをシャワーのように浴びる対話と。館外に出ると、ぐったり疲れた1日でした。

■notes163 剥ぎ取られる絵(対話体験その1)。

だと、感じるアート体験をしました。

バーネット・ニューマンさんの「アンナの光」。

展示の方法もあるのかもしれませんが部屋のどこにいても目に入る。
ものすごい吸引力でした(わたしにとっては)。

来ている物を、自分を守ろうという防御の気持ちを、
絵を見よう、という意志をも剥ぎ取られる様な感覚でした。

そして“裸”になった後に、
自分は何者なのか? を問われる時間がやってきました。
答えはありませんが・・「対話」体験のその1でした(すぐ続いて、その2があったのです)。

■notes162 言葉の語源。

時折、「たぐる」と思わぬ発見があります。

先日「グローバル」と「インターナショナル」との違いって知ってる?
と、あるセンセから問われました。なかなか奥深い(かとうが知らないだけ説もありますが・・)。興味ある方、ちょっと「たぐるしてみてください。

さてあなたは「グローバル派?」「インターナショナル派?」。

■notes161 グレーという色は

全ての色を混ぜるとなる色だそうです。
先日参加した「絵を描くワークショップ」で伺った話。

このWS、抽象的なお題をもらって自分と向き合いながらパステル(使ったことあります?)と自分の手先を使いながら
モヤモヤした思いを絵として「起こす」作業。あっという間の三時間なんですが・・それは置いといて。

云いたかったのは、グレーを澱んだ色として捉えるのではなく、「グレーは全ての可能性を含んだ色=原始のスープ色」なんだと。

かとうはグレーが好きで、「ごあいさつ」などのフォント色はグレー。万年筆のインクもグレーに近い色を愛好しています(これも余談)。その理由? が勝手に分かった気がして、絵を描きながらも密かに嬉しかったのでした。

■notes160 「仕入れ」。

と云う言葉をもらいました。
14日にお邪魔した会合での話。単なる「インプット」「情報収集」よりも奥深い構造的な表現ですね。

かとうの提唱している「たぐる」とも、近いけれどニュアンスは違う意味合い。
続けて
「仕入れた人が誰かにまた話をするときには、その人のフィルターがかかっている」
「そこにはオリジナリティも結果発生しているのだ」
なんて議論も出ていましたが、「フィルター」は「インプット」ぐらいに抽象度が高い。
=わかりにくいかな、と思い直し、仕入れ、に対応した表現だと何だろう、と思いました。

仮に行き着いた先は
「仕入れてそのままだと在庫。売ったら利益」と受け取りました。
また鮮度ある商品としてすぐに売るのも良し、
あるいは少々「手を入れて」(※)付加価値を付けて売るのも良し。仕入れと書いて、コレクションと読んでしまったらもったいない! とも。

会場にいた他の方々はどう受け取ったのでしょうか??
気になります。
云い出しっぺのCさま。仕入れ論、は書籍一冊分の価値あります、たぶん。

※・・「手を入れる」 これはこれで別途他チームが追求中。こちらも奥深い構造的な表現です。

■notes159 今は100%分からなくてもいい。

のではないか? ・・とあるワークショップのお昼休みに話をしました。
お相手は、その日にコラボレーション的にWSをご一緒したセンセ。“講師側”としては、
ついつい、分かりやすさを優先してプログラムを組み立てがちなのですね。やはり終了後にいただくフィードバック/アンケートの結果には緊張します。

しかし・・今すぐは分からなくても、
何日か後、あるいは何年か後に、「ああ、そうだったんだ」と気づいてもらえることも立派な成果ではないか? と。

思えば仕事のお師匠さん。直下に就いているときには「えー?」と疑念を抱くこともあったような(笑)。
しかし●年経ってとてもとても感謝するばかり。セミナー/ワークショップ、ひいては書籍だって同じコトですよね?
なんて話をしたのでした。
どう思われますか???

■notes158 字数と情報量。

同じ文字数を使っても、より多くの、かつ具体的な情報を伝えることは可能です。

「小さい頃」は、という云い方と、「十歳まで」は、という云い方。

同じ字数で、イメージできる情報量≒イメージ量が違います。
より具体的なシーンを想起することになりますから、話がズレません。
日頃、字数が限られている条件で情報を伝えなくてはいけないケース、結構あると思います。

ちょっとしたコトかもしれませんが、かなり違いますね。