■notes191 ゴッホの新しさ、私論。

ゴッホ展に出かけてきました。

(特に前期の)印象派=写真。
そしてキュビズム=多重露光、と捕らえているのですが、
ゴッホの「らしさ」は レンズを通した事実としての写真+自らの心象風景の合成写真。

中世の絵画がストーリーテリングであったり、 約束事の塊であったところを、
ルネサンスを経て、バロックほかを経て、印象派にたどり着いた芸術が、その先に行くためのもう一つの転換点。

それは描いた本人の心象をキャンバスにモロにぶつける、表現することが おおいなるチャレンジだったのでは、と(ご本人が意識していたかどうかはともかく)。

その転換点が 「ヒバリの飛び立つ麦畑」と
「メルメロ、レモン、梨、葡萄」との間にあった、と感じました。
そのJUMPは、ゴッホの中で起こったJUMPであり、絵画芸術の進化だったのでは、と思いました。

「わがまま」を、貫き通したゴッホ。
真似したいですね。アイデアパーソンであるならば。