■notes086 感性の豊かさはインプットの幅に左右される。

先日、Kセンセ、Iセンセ、Fセンセとお話する機会がありました。

雑談の中でかとうが
先週は日曜日に田植え(大変でした。奥深い)、その翌日に京都で若冲を観にゆきました、なんて云っていたら
「感性の豊かさはインプットの幅に左右される」という話に。ひとつのことを深くやる、とは脳に同じタイプの信号を送ることであり多様さを感じ取れるようにはなかなかならないらしい。科学的に云い換えるとそうなるみたい。

これを現実のマーケティングや商売に置き換えてみると日本の生活者には、かなり広範囲な選択肢=インプットの可能性がすでに提供されており、これからどんどん消費感性が増してくる。さて、メーカーを含めたサービスの提供側は
そうした消費者/生活者側の感性増幅に対応できているのか?

なるほど。アイデアは既存の要素の新しい組み合わせにしか過ぎない。
既存の要素=体験、疑似体験、知識。

と同じ構造でした。当然ながら。
また、どんなに選択「肢」があっても選ぶのは自分ですしね。インプットの可能性をインプット経験(既存の要素化)にできなければ、もったいない。それにしても、同じ構造であっても違う云い方をしてみるとまたその構造がよく分かる。ことばは不思議です。