■notes071 芸術を使う、という考え方。

ご縁があって、演劇を観ました。
台本の構成がしっかりしていて、面白くて泣けて・・と劇そのものは二重丸。
それまでまったく知らない劇団だったのですが
思わず友の会に入ってしまいました。

それはそれとして、フト気になったのがお客さんの側。泣けるところで、みな泣く。劇場は鼻をすする音でいっぱいに。しかし、帰る途中で隣り合わせた人たち(さっきまで劇場にいた人ですね)
から耳にするのは「ごはんどーするう?」みたいな話題。全部が全部そうだ、なんてこれっぽっちも思いませんし、ご飯を食べながら、ふかーい話をしていたのかも知れません。直感的にですが、
感動が感動のまま、終わってしまっているような気がしてしまいました。

もちろん感動することはよいことで自分の感受性や感性を高めてくれるのですが、そのままインプットで終わってないか? という疑問。

感動した自分の、その次の行動が変化していかないと意味がないんじゃないかしら? それも承知で、演じている人には失礼な物言いになりそうですが
「芸術を使う」という考え方。自分の肥やしにとどめることなく、その次へパスする、トスする。循環させる。Pay it forward 的なやり方。もう少しあってもいいのかな、と思いながらの帰路でした。