■notes058 “I feel” to “You think”(N.Y.旅行記第4日)

今日はMOMAへ。
相変わらず名作の数々が惜しげもなくフツーに展示されています。

また改修なった建物には「●●さんギャラリー」「△△さんアトリウム」と
いたるところに寄付をされた方々のお名前が。「おいらも大金持ちになって、寄付してみたい」と思いました。

閑話休題。

フロアを歩いていくうちに気づきをもらいました。正確に時代や作家をカテゴリーに収めることはできませんがアートの流れってこんな風で変遷しているのではないか、という実感。

I describe  物語を描く(+彫る他。以下同)
  1. I look              見たものを描く
  1. I feel 感じたものを描く (この辺から印象派=MOMAの領域)
  2. I edit 編集したものを描く (モンドリアンやキュビズムあたりから)
  1. You think/imagine 見ているあなたが考える (現代アート)

だんだんに+されていって流れが増えていく。

特に現代アートが出てくるところで、主語が変わっていくことに気がつきました(※1)。

I editの流れまでは、細部にいたるまでの技巧が凝らされているわけですが現代アートはもっとアイデアの発見部分にフォーカスされている(※2)。その結果、アートを見ている側との同居感を含めた環境がアートそのものになっている。つまりいつの間にか、アートを「見ているわたしたち」から

アートは環境で、その中で「囲まれて考える(考えさせられる)わたしたち」
に変化している。現代アートは「謎掛けだ」と西岡文彦さんに教えられましたが
その意味をもう一度掴み直した感じです。

これはいい悪いではなくて、アーティストとしてのタイプなんでしょうね。自分はどんなタイプなんだろうか? とちょっと考えました。

※1・・風景画のような「古いアートが」なくなるではなく。
※2・・もちろん技巧はたくさん凝らされているわけですが、配分のバランスとして。