■notes037 記憶の橋頭堡(またはアイデアの油田)。

久しく時間が空いてしまいました。
何度も見に来てくださった方、すいません。

今年(2004年)は、自分の脳が記憶している「既存の要素」をもっと信じるべし、みたいなことを云ってきました。「ワークショップ考具」でも「DODA関西版」の不定期連載においても。それをどうやってほじくり返すか、が今回のお題です。最近意識し始めた、「記憶の橋頭堡」と称している遊びがあります。私たちは、結構大量なボリュームの記憶をすでに持っているのですが、
その中で今すぐに口に出せる、顕在化できるのはほんのわずかでしかありません。「えーっと、あれなんだっけ?」ならまだいい方で、云われて初めて「あ、そういえば」な記憶がたくさんありますよね。そういうタイプの記憶をエイヤっと海面上に引きずり出すことができたら、アイデアの幅、個数を稼ぐことが相当ラクになるのではないか、と思うのです。

そこで「記憶の橋頭堡」。自らの記憶の海に、突如ぽつんと言葉の石を投げ込んでやります。自分が全く予期しない(予期できない)言葉を投げ込んでやることで、「あ、そういえば」を半強制的に発生させよう、という算段です。もしかすると新しい「考具」に近いかも知れません。

遊び方はもう簡単です。お手元にある本やら雑誌やらの任意の一ページをぐいっと開く。そこに並んでいる言葉をボーっと、ザーッと見回していきます。例えば「富山県」「高岡市」なんて言葉が目に入る。本当に偶然です。で、「富山県といえば・・」と連想ゲームをスタートさせる。
「かとうの友人のIくんが転勤してた」「ヤツは運動神経がいい」「今月結婚した」
「結婚式のご来賓だったIくんの上司は、高校の大先輩だった」「高校といえば、あの校歌」・・・
例によってとりとめありませんが、日頃と違う文脈で自分の記憶をたどれます。とある小説を読んでいる途中で気になる言葉に出会い、
気が付くと小説の筋と全然関係ない世界で妄想にふけっていることがありませんか?
それと同じ事なんですが、ややそれを意識的に遊んでみるのがこのやり方です。

お勧めの導入トレーニングはカラオケ。分厚い歌本ながら、いっつもレバートリーは偏りがちでしょう?
エイヤ、でページを開いてみてください。「知っているけど歌わなかった歌たち」があなたを待っています。早速年越し、新年会から試してみたら、「お、今年の●●はひと味違うねえ」なんて云われたりして。でもその変身、何かを追加したわけじゃなくて、自分の記憶の中から引っ張り出してきただけですから、意外に楽チン(歌詞も出ますし)。自分が今までに溜め込んできた記憶の海には、まだまだ「アイデアの油田」が埋まっています。